気まぐれ日記 2017年5月

2017年4月はここ

5月1日(月)「まるで旅行代理店・・・の風さん」
 新聞の天気予報欄を見ると、一昨日とよく似ていて、日中のある時間帯だけ傘マークがついていた。お天気は要注意だが、今日は外出予定はない。執筆の日だ。
 ところが、朝食後のメールチェックから、事態は急展開した。
 昨年に続いて、今年も秋田へ行けることになった。いや、秋田でセミナー講師ができることになった。先ずは日程を決めましょう、というメール内容だった。
 9月上旬で決めることになった(昨年は9月下旬)。9月は大学院の後期の講義もまだ始まっていないので、日程は決めやすいと思った。問題は、航空券(事務局の希望で最安値であること)と宿泊である。3泊4日にするので(場所もほとんど決まっているので)、予約できるかである。
 まだ4ヶ月も先だから、大丈夫だろうと思い、候補日を軸に調べていったら、変なことに気が付いた。候補日の終わりごろから1週間以上、航空券も宿泊も自由度が一気になくなるのだ。大曲の花火は8月で終わっているので、そのせいではない。
 書斎の窓から見える外界も急に暗転してきた。また、雨である。
 最初、セミナーを昨年と同じ金曜日で調べていったのだが、すぐに成立しないことが分かった。セミナー会場まで確保できないとのことだった。
 次に、木曜日に前倒しした。これなら大丈夫と思ったのだが、最後の宿泊(昨年と同じ辺ぴな場所にある)が確保できない。インターネットで受付してくれず、直接電話したら、何とねんりんピック秋田2017の影響で、旅行代理店がすべておさえてあるというではないか。昨年はねんりんピック2017の本大会前のプレ大会で、このホテルだけは影響を受けていなかったのに、今年はだめだという。実は、中学の同級生の弟さんがそのホテルに勤務していることが分かっていたので、同級生ルートで部屋を確保できないか、ちょっと乱暴なお願いまでしてみたのだが、だめだった。
 再び窓の外は明るくなってきたが、疲労が蓄積してきた。
 とうとうセミナーを水曜日にさらに前倒しすることにした。
 それによってホテルはすべて確保できたが、セミナー事務局との連絡が時間切れ(担当者が帰宅)となってしまった。
 そうである。朝から夕方までかかっても、決着をつけられなかったのだ。
 夕食後はもう知的な作業(執筆)をするだけの気力は残っていなかった。
 先月分のETCの利用証明書を一気に印刷した。やはり1か月分の名刺をスキャナーで読み込んで保管した。今月下旬に予定している算額見学会の2次案内を関係者へメール送信した。
 今日も、『ひらけ蘭学のとびら』が届かなかったが、個別に寄贈している人から「届いたよ、ありがとう」の連絡は入った。

5月2日(火)「やっと秋田の旅程が確定・・・の風さん」
 朝一番、秋田へ電話した。セミナー担当者が出て、開催日の前倒しが確定した。
 すぐに全日空の Website を開いて、往路便と帰路便の予約をした。最安値。しかし、支払期限は明日である。
 結果を担当者にメールした。
 朝食後、レンタカーの予約もした。何度も利用している店なので、不安はない。
 これで、9月の秋田の旅行計画がすべて固まった。あとはセミナーの中身だが、まだ時間はある。
 いつもより1時間遅いリハビリに出発した。もう半月も筋トレに行けていない。自主リハビリができていないので、PTの治療に頼っているだけである。ちょっと面目ない。
 帰りにホームセンターで買い物をし、そこから山越えルートで伊勢湾側の道へ出、JA、MUFJ、JPと経由して帰宅した。
 今日の昼食はおはぎ(笑)。いつものようにリハビリ疲れが出て、昼寝。
 昼寝はしたが、あまり元気は戻らない。ぼんやりしていても始まらないので、たらたらと雑務を処理していく。
 寄贈の準備をするため、『ひらけ蘭学のとびら』にサインをした。読書も少ししたな。
 就寝前にFAXを1本送り、その後、日付変更線も過ぎたので、予約した航空券の購入手続きをした。

5月3日(水)「ペコの食欲・・・の風さん」
 世の中GWの真っ最中だが、普段でも休日診療をやっている犬猫病院へ、ペコを連れて行った。
 消化器系の入り口と出口に問題が生じているので、すぐに食欲がなくなってしまう。それを薬で何とか復活させる、ということを繰り返している状態だ。
 今日も、点滴と吐き気止めと精神安定剤を打ってもらって帰宅した。
 復路は有料道路を南下する。観光地へ向かう方向なので、クルマの量が多い。
 帰宅すると、本当に不思議なのだが、いつものように食欲が戻っている。がつがつ食べ出すのだ。
 食欲があってもなくても、そのいじらしい姿が胸に迫る。
 こっちも昼食を摂るわけだが、いつものように疲れた私は少し昼寝。
 次の児童文学の書き出しを求められているので、その準備にようやく取り掛かった。おおまかなあらすじは考えてあったが、今日、調べていたら、それを裏付けるような史実が出てきたので、大いにモチベーションが上がってきた。
 就寝時刻になってもペコの食欲が維持されていた。

5月4日(木)「鞍上から枕上へ・・・の風さん」
 午前中、知人を我が家へ迎えた。お世話になった近所の方で、最近引っ越したのだが、そう遠い場所ではない。拙著の課題図書選定をお祝いに来てくれた。
 近況を語り合ったが、年齢が近いこともあり、関心事は共通している。高齢化社会、誰でもこの先が不安なのである。
 お土産をたくさん頂戴した。感謝。
 お昼までまだ時間があったので、図書館へ出かけた。恒例の新刊の寄贈が主目的だが、こちらも課題図書選定をきっかけにイベントの相談をした。地元の中学生に話すのが、最も価値ある行動なのだろうが、やり方が難しい。これから何度か作戦を相談する必要がある。
 昼食後、例によって疲労が出て、昼寝。
 夕方から起き出して、児童書執筆準備の続きに取り掛かった。
 昼寝している間も考えていたので、今日も一つのアイデアが浮かんだ。
 かつて現役時代は、朝の通勤時間、マイカーを運転しているときにどんどんアイデアが浮かんだ。もちろんそれらは、会社の仕事のアイデアばかりだった。
 三上(鞍上、枕上、厠上)の中で、私のアイデア発想の場は、鞍上だった。
 それが、どうやら枕上に変わってきたようだ。ま、変わってもいい。アイデアさえ浮かべば。
 執筆準備が深夜にまで及んだが、まだケリがつかない。to be continued。

5月5日(金)「徹夜の執筆を決意するまで・・・の風さん」
 子供の日だが、ピーク時の半数に減っているらしい。この影響はこれからますます激しくなるな。戦争を経験しなかったのは幸運だったかもしれないが、長生きしていると様々な経験をしてしまう。これが人生というものだろう。
 来週初めまでに書かなければならない原稿がある。準備のためにひたすら勉強しながら頭の片隅でストーリーも考えている。
 そんな中、今日、初めてツイッターのアカウントを作った。FBと同様に作家活動のPRが目的だが、何も書き込まないうちに他人のツイッターが出てくる。朝ドラで好きになった吉高由里子さんのツイッターが、なぜか出て来た。開いてみたら、けっこう書き込んでいるではないか。俳優は、演技でない生の自己表現をしないと、精神的に不安定になるのかもしれないな。
 また体力切れで、夕方昼寝してしまった。
 目が覚めたら午後6時だった。書斎の床から起き出して(笑)、階下へ降りる前に、トイレに寄った。何気ない行動で、半分ボケていたのかもしれない。信じられないことをやってしまった。
 水を流すとき、ポケットからiPhoneが飛び出して、便器の真ん中に真っ直ぐ落下してしまった。
 俗にいう水没というやつ。トイレにiPhoneを持って行ったのはおそらく初めてだ。
 すぐに拾い上げてタオルで拭いてみたが、画面がテストパターンのようになっていた。
 ドライヤーで乾かしてみたが、ダメ。タッチパネル操作ができないので、電源オフさえできない。
 そのうち、ライトが点灯してどんどん発熱してきた。
 水分が原因でショートしたら、発熱どころですまなくなる。急いで裏の土地へ行き、真ん中の地面に置き、コンクリートブロックを2個のせてきた。我ながら必死の行動だった。満充電直後の水没だったので、エネルギーはたっぷりたまっているはずだ。
 真っ暗になって様子を見たが、何も起きていなかった。
 試しに執筆マシンのiCloudからiPhoneを探すをクリックしてみた。これだけは2ファクター認証が不要だったので使えた。するとどうだ。裏の土地にiPhoneがあると出た。どうやらまだiPhoneが生きているらしい。
 裏の土地に行ってみたら、既にライトは消灯していて、iPhoneは冷たくなっていた。
 メールを送っても、電話をかけても応答するので、パネル以外は生きているようだった。
 そのうち、画面の上3分の1がボーっとよみがえってきた。しかし、タッチ操作はできない。ふだん使っていないので「Hey Siri!」と呼び掛けて、Siriに操作してもらうことまで思い付かなかった。
 それからインターネットと電話を使って、iPhoneの修理方法を探った。
 最終的に、アップルストアのチャットのアドバイスを採用し、明朝、開店時、名古屋市栄にあるアップルストアに行くことにした。
 それで終わりではない。明日、iPhoneの復活のために何時間かかるか分からない。残された執筆時間がまた減ってしまったのだ。
 徹夜で執筆する覚悟を決めた。

5月6日(土)「アップルストアの神対応・・・の風さん」
 朝の6時まで一睡もせず執筆を続けた。久しぶりの徹夜だった。
 それからシャワーを浴び、朝食を摂り、ワイフに駅まで送ってもらった。
 開店の10時20分前にアップルストアに着いたが、もう10人以上の列ができていた。予約なしの人たちだ。ガラス越しに、店内の朝のミーティング状況が見えた。若いスタッフが20人以上いた。まもなく、数人が外へ出て来て、新規購入客と修理相談客を分け、一人一人の用件を聞き始めた。客のデータと用件がiPadに打ち込まれ、店内のスタッフに次々に振り分けられているのだった。
 開店と同時に拍手で迎えられたが、拍手より「こんにちは」とか「いらっしゃいませ」のあいさつの方が自然だと思う。新規購入は1階、修理相談は2階へだった。
 スツールに坐ってしばらく待っていると、若い東南アジア系の男性スタッフがやってきた。状況説明するとすぐ、SIMカードを抜き取って、その奥の試験紙をチェック、「水が浸入しているので、本体まるごと交換です」という死刑判決みたいな結論だった。少し粘って、パネルと電池の交換ですまないかと言ったが、「じきに使えなくなることが多いですよ」とのことだった。
 それからの対応は早かった。私の操作もボケ老人にしてはてきぱきしていたようだ。
 iCloudのバックアップもちゃんとされているので、データは大丈夫、あとはLINEのログインができれば、被害は少ないでしょう、とのことだった。
 その場で、バックアップデータのダウンロードも終えた。
 予約なしでこんなに早く終了するとは思っていなかった。
 帰宅したのは正午である。
 アップルケアに入っていたのは良かったが、10日前にauのスマートパスを解約していたのは痛かった。解約していなければ、修理費用の9割が戻ってきただろう、とのことだった。
 信じられないiPhoneの水没から始まった一連の出来事で、また自らのボケを認識し、今後さらに行動を自重する必要性を感じた。
 徹夜明けだったので、少し昼寝した。
 夕方、長女の声で目が覚めた。彼氏と南知多ビーチランドに遊びに来て、コツメカワウソと握手した後、我が家にちょっと寄ってくれたのだ。またお土産をたくさんもらった。
 いくらか元気が戻ったが、iPhoneを完全に復活させることはできなかった。
 LINEのログインができず、パスワードの再設定をリクエストしたのだが、メールが届かなかったのだ。何度もやっているうちに、ATMのパスワードの連続ミス入力と同様に、操作を止められてしまった。途中で、iPhoneのメール設定ができていなかったことに気付いて、ちゃんと設定したのだが、操作のブロックは解除されていなかった。どうやら24時間待たなければならないようだった。
 今夜は執筆どころでなかったので、来週の非常勤講義と名商大のキャリアデザイン講義の準備を少しして寝ることにした。
 実は、ペコの具合が良くなく、明朝様子を見て、また病院へ連れて行くことになりそうだった。
 執筆ピンチは続く。

5月7日(日)「病院、カリチュー、LINEログインそして執筆再開・・・の風さん」
 今日はカリチューに車検を受けるキャメロンを持ち込む予定だった。
 しかし、ペコの元気がないので、朝食後すぐ病院へ連れて行くことになった。
 病院は混んでいた。やっと順番が回って来て症状を説明すると、どうやら患部に痛みがあるらしい。いつもの点滴注射に加えて、患部の痛みをとるためステロイド系の注射もしてもらった。同様の錠剤も処方してもらった。
 帰宅したが、すぐに効果は現れなかった。
 簡単に昼食を摂って、カリチューへ向かった。
 車検以外の依頼事項を説明した。今年のボケ対策は、簡易ドライブレコーダーとバックブザーである。ネットで購入した物を説明して装着をお願いした。
 どうしても欲しいギリギリの日時にキャメロンの受け取りを約束し、社長と課題図書の雑談をしてから、代車を借りて家路についた。
 途中GSで千円だけガソリンを補充しておいた。カリチュー往復だけでもけっこう走行する。
 夕方知人が野菜を持ってきてくれた。ありがたいことだ。
 夕食時、LINEのログインができないなどの話をワイフとしているうちに、機種変更した昨年の12月と一昨年の8月は、どちらも問題なくログインできていたことがわかった。つまりパスワードを難なく入力できていたのだ。「最もよく使うパスワード設定だったんじゃない?」ワイフの指摘は目からウロコだった。たった1回ミス入力して諦めるのは早かったということだ。
 操作のブロックも解除されていた。
 先ず、アップルIDのパスワードを入れてみた。これはダメだった。次に、最も古くから使っているパスワードを入力してみた。すると、見事に通ったのである。
 夕食後、元気に執筆に復帰した。今夜は完成までやらなければならない。明日が原稿の締め切りだ。
 ペコはほんの少しだけ元気が戻ってきた。ところが、もう1匹の猫、最近デブ丸と呼んでいるやつ、そいつがどこかで目を突いたのか、涙目になっていた。やれやれ。

5月8日(月)「半徹夜明けの窓職人・・・の風さん」
 何とか原稿が最後までたどり着いたので、出版社へ正午までにデータを送ります、とメールしてベッドに倒れ込んだのが今朝の4時だった。
 永眠することなく、8時に目が覚めた。
 朝食後、原稿を頭から見直した。推敲というやつだ。ピンチになって真剣になると新たなアイデアも浮かぶが、ひと眠りしてもう一度取り組むと、またさらに勘が戻って来て、原稿にメリハリが付き出した。
 正午にメール添付で送ることができた!
 よぼよぼのボケ老人になりかかっているのに、どうしてこんな危ない橋を渡っているのか、自分でもよくわからない。
 昼食後すぐぶっ倒れてしまえたらどんなに楽だったろう。そういうわけにはいかない事情があった。木曜日からリフォーム工事が始まる。浴室、洗面所、トイレが大きく模様替えされる。しかし、残る部分も多い。洗面所とトイレの窓はそのままなので、リニューアル後に見劣りするのは耐えられない。そこで、ギャップを小さくするため、きれいにしておきたかった。
 自分のスケジュールと天気予報を合わせて考えると、お日様が笑顔をふりまいている今日がベストだった(笑)。
 窓は付き出しタイプで内側が固定の網戸になっていた。その網戸を2枚外してから、屋外へ回り、突き出しのガラス窓の清掃にとりかかった。
 使用頻度の高かった洗面所の窓は、ガラス窓も網戸も汚れがひどかった。
 結局、かなり時間をかけて清掃したが、洗面所の網戸は、ネットの交換をすることにした。
 日陰での作業はまずまず楽だったが、日が当たる場所での作業は暑く、半そでTシャツ一枚でちょうど良かった。終了後に、汗を拭きとるのが大変だった。つまり、大仕事だった。
 晩ご飯の後は、もう創造的な仕事は無理で、たらたらとやれることをやるだけだった。

5月9日(火)「キャリアデザイン講義の準備・・・の風さん」
 週に1回のリハビリの日だ。しかし今日は、主治医の診察を受けて処方の更新をしなければならなかった。とても混雑していて、早く行ったのだが、リハビリの直前に診察が終わった状態だった。
 とにかくこれでまたリハビリは継続である。
 帰りに初めてのJPに寄って、東善寺小栗まつりのための卒塔婆代を送金した。さらに図書館に寄って、課題図書を追加で2冊寄贈してきた。
 明後日の非常勤講義の準備はほぼできていたので、今日は、明日の名商大キャリアデザイン講義のための準備に専念することにした。対象は学部生である。
 ケースを使ってのMBA風の講義を求められていた。これは初体験である。しかし、場所は懐かしの伏見キャンパスなので、前準備さえしっかりしておけばできると思った。トータル200分の講義だが、最後の30分で、学部生向きに何度かやっている先輩講話を織り込むことにしてある。
 先輩講話だけならすぐ終わりだが、ケースに基づく講義の準備はけっこう大変だった。基本は、前もってアサインメントを提供してあるので、学部生とはいえ、十分予習してきていることに期待するしかなかった。
 先輩講話は、基本的に90分バージョンがあるので、それを3分の1に圧縮する作業だった。
 午前2時に何とか完了してベッドに倒れ込んだ。
 昨日送った原稿に基づく出版社での会議は無事に終わったとのことだった。22日の会議が残っているが、企画は通ったも同然で、あとはスケジュールである。

5月10日(水)「キャメロンを受け取ってキャリアデザインへ・・・の風さん」
 老人には厳しいタイムスケジュールの1日になりそうだった。
 昔の勤務先に着いたのが予定していた午前10時だった。道路が空いていたので助かった。
 用事を終えて、MUFJのATMに寄ったが、大混雑だった。そこで車検代用の現金をおろした。
 カリチューに行って、車検と整備、新たな装備を終えたキャメロンと再会した。来週末に遠出するので、今回のタイミングでなければならなかったのだ。
 代金はタイヤを新調した昨年よりかなり高かったが、仕方ない。
 予定より30分近く早く、カリチューを出発した。軽快な走りが戻っている。
 いつもの途中駅に着いて、名鉄に乗り替えた。ここまで順調だったので、名古屋駅には予定より1時間早く着いた。当初、昼食は「抜き」かと思っていたのだが、時間がとれたので、ドトールでゆっくり食べながら、講義のための予習も少しした。
 伏見キャンパスに開始の30分前に到着した時点で、当初スケジュールにぴたりと合った。
 200分の講義はかなり体力を使うものだった。幸い、学部生(全部で70人)がMBAスタイルの講義に慣れていたので、詳しい説明をする必要はなかった。
 先輩講話も時間内に終えることができた。
 すべて終了して学生に感想を聞いてみたら、やはり難しかったとのことだった。私の永遠の課題である。
 名駅までの地下鉄が通勤ラッシュで死にそうな目に遭った。
 帰宅したのは午後7時過ぎである。
 晩ご飯の後はダウンし、それでも午後11時過ぎから、片付け作業を始めなければならなかった。明日からのリフォーム工事のための最後の準備である。
 私がバタバタしている間、ペコの調子はイマイチで、もしかすると明日の夕方、病院へ連れて行く必要があるかもしれなかった。
 出版社から今後のスケジュール案が届いたが、私の希望を入れると、7月末にはとりあえず最後まで書いた原稿を提出する必要があった。またまた大変なことになりそうだ。

5月11日(木)「非常勤講義で愉快な経験・・・の風さん」
 リフォーム工事が始まった。
 今日の非常勤講義の準備がまだ終わっていなかった私は、書斎で作業を続けなければならなかった。
 ギリギリで準備ができ、階下でさっと昼食を摂り、キャメロンで出発した。
 昨日も利用した途中駅にキャメロンを置き、電車に乗ろうとしたら、iPhoneを家に忘れて来たことに気が付いた。ボケに加えて疲労で意識もかすんでいるのかもしれなかった。
 電車や地下鉄の中では仮眠に心がけた。
 本山に着いてすぐMUFJのATMに寄ってからキャンパスに入った。
 今日は学生たちに実際にExcelを使って計算というか、ソルバー操作をやらせることにしていた。
 大学院生は2つの学部から進学してきていて、1つは情報系つまり理系の学生で、もう1つは経営系つまり文系の学生だった。情報系の学生たちはExcelなどお手の物なので、経営系の学生に体験させるのが今日の最大の目的だった。
 私は学生たちは混在して座っていると勝手に思っていた。しかし、確認すると、はっきり二分されていた。つまり、問題の経営系の学生たちはかたまっていた。分からなければ、隣の友達に尋ねさせようと思っていたのだが、それは当てにできなかった。
 計算問題は比較的やさしいものだったが、講義を進めながら、どんどん困難な状況にはまっていった。
 そもそも教科書はWindows向けOffice2007で書かれていた。私は書斎のWindows向けOffice2010で講義資料を作成する。それをMacBookAirBookに入れて、プロジェクターで映しながら講義をするのだが、MacBookAirにインストールされているOfficeはMacintosh向けOffice2010である。
 経営系の学生たちがどのようなOfficeで私の講義についてくるかが問題だった。
 当然のことながらWindows用とMacintosh用がある。それに加えて、使用言語が日本語とは限らなかった。英語や中国語を使用しているのである。以前の講義で、ソルバーをアドインするようにと指導していたが、していない学生もいた。
 その場でソルバーをアドインさせようとしたら、中国語バージョンは私が画面を見ても判読できなかった(笑)。そして、さらに悪いことには、事務所から借りたパソコンを使用している学生が複数いて、ソルバーがアドインされていなかっただけでなく、アドインの手順をさせると、途中でブロックされてしまったのだ(管理者の権限がなければできないようになっていたのだ)。
 ま、実に愉快なトラブルに遭遇して私自身は面白かったのだが、実は、講義開始直後に、プロジェクターへの変換アダプタを間違えてHDMI用を持って来てしまい、情報系の学生からVGA用を借りるという綱渡りもしたのだった。
 ペコを病院へ連れて行く可能性があったので、速攻で帰宅したが、午後6時を少し回っていた。
 既に工事関係者は引き上げていて、浴室の内部が地面むき出しになっていた。
 ペコの病院は明日の午後にすることになった。
 何とかピークを乗り切ったわけだが、気まぐれ日記をアップする余裕はまったくなかった。

5月12日(金)「近場だけど東奔西走・・・風さん」
 会社で教えられた仕事の進め方の一つが優先順位である。これが明確であれば、そうするのが最も効率が高い。マネージャーになると、絶対必要なスキルであり、同時にマネージャーの力量の差が出る部分でもある。盲点は、現場を知らないマネージャーが、机上の空論で指揮権を発動する場合で、一見優先順位が高そうに見えるが、制約条件や前提条件が間違っているため、優先順位が間違っているのである。よくあるのが、人命軽視で、情けない話だ。
 おっと、前置きが長過ぎた。この優先順位、自分で自分の仕事をマネジメントするときは、分かっていてもできないことがしょっちゅうだ。マネージャーの能力と実務担当の力量にギャップがあるからだ(笑)。どちらも同一人物だから、こういうことは起き得る。私の場合、悲しいかな、常にこれで苦しむ。
 ということで、今日から、取り残されてきた仕事の優先順位が上がるため、とんでもなく大変なことになる。
 朝食後すぐ電話を2本かけた。内容は省略。しかし、ほうっておけない案件。
 さらにもう1本、キャメロンの中からかけた。ドラレコの操作法をメーカーに質問したのだ。
 ワイフとの打ち合わせが長引いたために、ワイフが先に外出した。
 昼食後、ワイフのアクアで私が外出。JAのATMで用事を済ませた後、コンビニで自動車税の納付と宅配の手続き。続けて、GSへ行き、アクアに満タン給油。
 知人の会社へ行き、秘書の方に近況説明と著書の寄贈。
 帰宅し、今日のリフォーム工事が終了してすぐ、ペコを病院へ連れて行った。
 点滴を受け、飲み薬の処方をしてもらった。
 帰宅してすぐ、ワイフと常滑AEONのマーゴの湯へ行った。初めてだが、面白かった。
 食堂で晩御飯を食べた後、いよいよ入浴だが、私は真っ先に露天風呂に行き、巨大な植木鉢みたいな常滑焼でできた壺湯に浸かった。硫黄の温泉なので、すぐに肌がすべすべになってしまう。快感だった。
 それからジェットバスやサウナや炭酸泉、草津湯、電気風呂など色々と楽しんだ。

5月13日(土)「1か月ぶりの筋トレ・・・の風さん」
 昨夜降り出した雨の影響か、就寝前にキッチンでちびゴキを発見し、ジェットを吹きかけておいた。屋外から侵入してきたに違いない。
 起きると雨は本格的になっていた。洗面所の鏡をのぞくと、頭髪に湯の花が……(笑)。しっかり流さなかったせいかな。確かに硫黄の匂いもする。
 昨夜アタックしたあたりを慎重に探ると、ちびゴキがお陀仏になっていた。ホッとした。
 雨の日は、水たまりができるので、裏の土地が駐車場として使えない。リフォーム工事は屋内だけでなく屋外作業もある。その上、今日はワイフのトール教室もあるので、車庫は生徒さんに提供するとなると、私以外誰も駐車できないカーポートで屋外作業をしてもらうしかない。朝食前に、キャメロンを自宅から離れた空き地に駐車してきた。
 ペコの体調が良いこともあり、久しぶりに筋トレに出かけることにした。先月の15日以来である。天気が悪いせいか、トレーニングルームは人が多かった。
 ひと通りのメニューをこなしたが、心配したほどの体力低下はなかった。トレーニング後の血圧測定も正常。自宅でも正常値が続いている。案外健康だったりして……(笑)。
 帰宅すると、今日のリフォーム工事の車両は1台だけだった。キャメロンを裏の土地のそばにとめた。
 筋トレで元気なことが確認できたのだが、昼食後、ベッドで横になったら、そのまま爆睡モードになってしまった。ちょっと無理し過ぎたか。
 夕方目覚めると、雨はほとんど上がっていた。
 ワイフのトール教室も終了し、リフォーム工事の職人さんも帰ったので、昨日に続いて、ワイフと食事と入浴に出かけた。
 今日は地元のKの湯へ行ったのだが、食事は宿泊者だけだという。ちょっと理解に苦しむ。
 入浴だけすることにして大浴場へ。すぐに露天風呂に行ったが、あまり面白くない。遠くに伊勢湾が望めるのだが、暗くて何も見えない。湯に浸かるとぬるりとしている。昨日の硫黄温泉と違い、ここは海水が混じっているような気がしたので、なめてみたら少ししょっぱかった。どれだけ浸かっていても、肌がすべすべになるようなことはなかった。やっぱり硫黄はいいな。
 バラエティに富んだ風呂もなく、たいていあるはずのサウナもなく、早々と出て来た。昨日のマーゴの湯と値段が同じでは風呂としての競争力はないな。
 いつもの中華レストランで晩御飯にした。
 昼寝してしまったので、今日はほとんど仕事ができなかった。しかし、明日の朝も早いので、さっさと就寝した。

5月14日(日)「トイレの改修からマーゴの湯再び・・・の風さん」
 そのうち閉館になる名古屋のボストン美術館で開催されている歌川広重展の最終日だが、とても見学に行っている余裕がない。ま、展示物は日本の物らしいので、今回は断念しよう。
 午後、リフォーム工事に便乗した2階のトイレの詰まり対策工事がある。
 午前中に書斎での仕事をできるだけ片付けておこうと焦っていたら、図書館から電話があり、昼前に行くことになってしまった(汗)。
 20日の算額見学会を主催している関係から、最終案内や現地への確認メールを送った。
 午後は、トイレ工事となったが、真下のリフォーム工事中のバスルームの天井がオープンになっているので、そこが中心である。
 いくつかの部品交換もあったが、ポイントは空気抜き部品の取り付けだった。一気に水を流すと空気を巻き込んでいく。この空気はちゃんと抜ける必要がある。それができにくい構造だったのだ。
 私はトイレ技術者ではないが、納得できる対策だし、そもそもその配慮が徹底されていなかったのは、設計不良としか考えられない。しかし、とにかく根本対策ができてよかった。
 マルシェ出店で不在だったワイフが帰宅した。さっぱり客が来なかったそうで、疲れ切っていた。
 再び、マーゴの湯へ行った。勝手がわかっているので、効率的に楽しむことができた。日曜日で家族連れが多く、屋内の大きな浴槽にアヒルなどのおもちゃがたくさん浮かんでいて思わず笑ってしまった。

5月15日(月)「レポート採点からテルマエへ・・・の風さん」
 朝から名商大の学生のレポートの採点に取り組んだ。70人近いので、読んで採点してコメントも記入するとなると、これはちょっと大仕事だったが、例によって、やり出すと手を抜けない性格が出て、どんどん時間が経過していった。
 昼前に、リフォーム会社の営業マンがやって来た。頃は良し、ということで、工事の進捗確認が終わったところで、書斎に案内し、私の正体をばらした。案の定、腰が抜けそうなほど驚いていた(笑)。若い営業マンはやがて家庭をもち、日本の将来のために子供を育てていくだろうと思い、私の児童書をプレゼントした。ついでに、PRもお願いした。
 今日もワイフがいないので、リフォーム工事中、長時間留守にするわけにはいかない。しかし、営業マンが本社へ帰ったあと、職人さんたちの昼休み時間を利用して、キャメロンの給油とドラッグストアでの買い物をしてきた。
 午後もレポートの採点に全力を投入した。
 夕方、ワイフが帰って来てもまだ終わらなかった。もうフラフラだったが、急いで夕食を摂り、3つ目の浴場へ行くことにした。最近割引券をゲットしたホテルの温泉である。Mの湯である。
 南へ向かって海岸線をひた走り、目的地に着いた。伊勢湾に面した洒落たホテルだ。
 ここもKの湯と同じ塩分を含んだ温泉だったが、海が間近に見える露天風呂や岩風呂、サウナなどもあり、Kの湯よりも趣があった。空いていたので、サウナに5分入って汗を流した。
 リフォーム工事にかこつけて、近場の温泉旅行をした気分だが、3か所でなく5か所行きたかった。ま、仕方ない。
 帰宅して、またレポートの採点をし、データの送付、レポートの返送の準備をした。1日仕事になってしまった。途中まで観ていた映画『テルマエロマエ』(2回目だが)の最後30分間分を鑑賞してから就寝した。テルマエとは古代ローマの公衆浴場のことだ。

5月16日(火)「こんな時にめまいかよ・・・の風さん」
 昨日はレポートの採点だけで終わってしまったので、今日こそ仕事のピッチを上げねば、と思いつつやや早く起床したら、ワイフが2階の洗面所を使用中だったので、またベッドに戻った。リフォーム工事中のため、1階の洗面所はまだ使えない、という事情もあるが、どうも体調が変だ。
 名古屋へ出かけるワイフを駅まで送り、郵便物を投函してから自宅へ戻ったが、ますます体調がおかしくなってきた。目が回るのだ。
 職人さんたちが続々とやって来て、今日の工事が始まった。どんどん不安になってきた。とりあえず頭痛薬を服用してみた。
 10時のお茶出しをしてから、「ちょっと病院へ行く」と職人さんに断って、ワイフのアクアで家を出たが、今日はリハビリの日なのだ。アクアを使ったのは、安全のため。
 病院のPTにも「今日はめまいがする」と申告したが、吐きそうなくらい気分も悪かった。終わってから血圧を測ってみると、やや高く、それより変なのは、脈拍が異常に低く3回測定していずれも50だった(私はふだんは60以上ある)。心臓が止まりかけているのだろうか。
 どうしても今日やらねば、と思っていたJAのATMとホームセンターに寄ってから、山越えルート(最も交通量が少ない)で帰宅した。
 ネットで浴室の3点セットを発注し、フラフラしながらベッドへ直行。午後のお茶出し時刻に目覚ましを合わせた。もちろんお昼ご飯など食べられる状態ではなかった。
 午後のお茶出しの時刻になったが、体調は戻らなかった。職人さんに「体調が悪いので寝ています」と言った。そうでないと、実に律儀に問い合わせてくるのだ。
 ベッドに横になって10分ほどしたら、宅配がやってきた(笑)。
 午後5時近くなると、工事も終わりかけなので、フラフラしながら階下へ行くと、工事責任者が来ていた。問題点の説明を受けた。「体調不良なので、寝ているから、終わったら、そのまま帰ってください」とお願いするしかなかった。
 体温を測ると36.4度で、夕方でこの値なら、風邪ではなさそうだ。
 6時半にワイフが帰ってきたので、駅まで迎えに行った。
 今日もペコが元気なのに、飼い主の私がこれでは、何とも……。
 晩ご飯を食べる頃から少し気分が良くなったので、こうなったらしっかり食べねばと思い、がつがつ食べ出した(笑)。
 結局、今日はメールチェック程度しかできなかったが、リフォーム工事の中で浴室だけが使えるようになったので、とりあえずシャワーだけ浴びたが、自分で選んだデザインにあらためて拍手したので、そろそろめまいも治りかけているような気がした。
 最初に強烈なめまいに襲われたのは30年近い昔、2週間のドイツ出張の最終日だった。夜も寝ないで仕事をしていたせいか、肉体が悲鳴を上げたらしい。
 次が50歳の頃で、きわめて精神的にタフな仕事を任された時だった。病院で脳までチェックされたが異常は発見されず、精神安定剤をもらった。私ほど頑健な精神の持ち主でも、まいってしまう仕事があったことに驚いたものだ。
 今も、確かにピンチではあるが……。

5月17日(水)「ついにシャワーを使用・・・の風さん」
 やっとワイフが家庭に復帰した(笑)。今日のリフォーム工事の対応はワイフに任せよう。
 昨日がめまいで幻の1日になってしまったので、明日の講義の準備は今日1日で終えなければならない。いつものように午前中で終わらせようとしたが、無理だった。
 昼食後も頑張っているうちに墓参に行く時間になってしまった。命日は、父が17日で母が18日なので、だいたい月の真ん中あたりでおこなっている。
 お参り後、心月斎に寄って、本が大好きな前の住職に新刊『ひらけ蘭学のとびら』を贈呈して来た。課題図書に選定されたことも話した。両親が死んでも、こういった報告ができる相手がいるのは幸せなことだ。
 今日のリフォーム工事が終わってすぐ、ペコを病院へ連れて行った。ここ1週間ペコの病状は安定しているというか、食欲も便通もあるので、主治医への説明も声がはずむ。今日は点滴だけで帰って来た。
 宅配が注文した風呂椅子3点セットを届けて来た。浴室にマッチした色とデザインのものだ。
 夕食後、月末の講演のレジュメ作成に取り組んだが、創造的な仕事をするにはもう頭脳が疲れ過ぎていた。
 今日から浴室のシャワーが使えるので、早速試してみた。リフォームと言うよりリノベーションに近い変化で、新鮮な感動をおぼえた。

5月18日(木)「音楽を聴きながら入浴・・・の風さん」
 いつもより早くキャメロンで出発。午前中に自由が丘キャンパスに着いて、田村先生に新刊を届けつつ、課題図書選定の報告をし、今後の自分の人生について相談をし、大いに励まされた。さらに、近くのレストランで寿司ランチをごちそうになってしまった。
 本山キャンパスでも、お世話になっている事務員に課題図書の話をし、本もプレゼントしたのだが、子どもの頃から課題図書のラインナップを見るのが楽しみだったと言う。いやいや読書感想文を書かされた人が多いと思っていたのに、これは驚きだった。また、そういう人にプレゼントできて良かった。
 講義の準備はできていたので、90分目一杯やってすぐ家路についた。
 ここまで、空いた時間で、月末の講演のレジュメのストーリーを考え、ほぼ確定させることができた。危ない橋を渡っているようなものだが、とにかく構想ができて良かった。
 明日から遠出するので、キャメロンを途中で洗車して帰宅した。時刻は6時半近かったが、なんとリフォーム工事が終了していなかった。
 今回はさまざまな技能の職人さんが入れ替わり立ち代わりやって来たが、皆、律儀でまじめで、働き者ばかりだった。それでも、最終日に予定の5時までに終わらなかったのは、かなり無理していたのだと思う。結局、午後7時過ぎまでかかり、最後はきれいに片付けて帰って行った。ご苦労様でした。
 遅い夕食になり、ワイフがお祝いのビールを飲もうと言ったが、仕事が終わっていない私は辞退した。今夜の「とこなめ会」も失礼しているのだ。
 午前零時前に、昼間考えたレジュメを完成させ、事務局へ送ることができた。
 それから旅行の準備に着手し、最低限できたところで、昨夜のシャワーに続いて、今夜はバスタブに浸かってみることにした。さらに、浴室で使えるブルーツースのスピーカーも試してみた。
 音楽は換気扇の音がやかましくイマイチだったが、バスタブは最高だった。

5月19日(金)「久々のロングドライブは楽し・・・の風さん」
 就寝時刻が午前3時を回っていたので、早起きはできず、いつも通りの朝をむかえた。
 自宅を出発したのは午前9時半だった。睡眠不足と疲労で居眠り運転などしたら大変なので、無理しないこと、疲れないこと、何度も休憩をとることを心がけてキャメロンを走らせた。
 今日の高速道路は、九州から走って来たトラックがやけに目立った。多いのである。
 新東名を楽しくゆっくり走り、沼津で高速をおりたが、午後2時で、残り20kmほどだった。順調と言えるだろう。
 午後2時半に江川邸に着いた。お世話してもらえる江川文庫の研究者の方に「明日はよろしく」とご挨拶し、お土産などを渡した。
 これで今日の最大の目的を達成できたので、残った時間で反射炉を見学に行った。
 機械工学を専攻していた私にとって、反射炉の原理と大砲の製造は、容易に理解できる内容のはずだった。しかし、これまで想像していたものと違っていることがいくつもあって、大いに反省した。本当に実物を見に来てよかった。
 土産物を買ったあと、ファミレスでスイーツを食べながら休憩した。
 今夜のホテルまでは約10キロだったが、キャメロンで来ているのでまったく苦にならない。
 チェックイン後、夕食を摂りに外出し、しっかり栄養を補給した。
 今夜は部屋で少し仕事を、と思っていたが、早々とダウンしてしまった。

5月20日(土)「まぼろしの算額を見学・・・の風さん」
 目覚ましより早く起床。部屋のカーテンを開けると、なんと富士山が! 思わず写真を撮ってしまった。
 ゆっくり朝食を摂って、ホテルをチェックアウト。このホテルで面白かったのが料金のシニア割引。60歳以上は年齢×10円、引いてくれるのだ。だから私は、630円引き。ラッキー。
 快晴の空の下、キャメロンで江川邸へ向かう。前日に走り回っているので、もう土地勘ができていた。
 午前9時前に、江川邸の隣の駐車場にとめ、韮山城跡へ徒歩で向かった。ここからも富士山が見える。池の横を、釣り人を眺めながら裏山へ。学校のテニスコートの横を通って、二の丸、本丸へと石段をのぼっていった。樹木のすきまからときどき富士山を眺めた。本丸跡は、平たんになっていた。
 逆コースで降りながら二の丸跡近くの熊野神社を見学。昔の人はあちこちに神社を作っていたのだ。
 江川邸の入口へ回り、またチケット売り場で交渉。昨日はチケットを使用せずに中に入って、研究者に挨拶をさせてもらったが、今日は、午後の見学会の前の下見だという理由で、またチケットを使用しなかった。
 一人で邸内をじっくりと見学した。ほとんどホームページに出ているのだが、やはり実物を見ると迫力がある。
 チケット売り場にお礼を言って、今度は隣の郷土資料館を見学した(200円)。江川太郎左衛門英龍(ひでたつ)の絵画や書があって、人柄が伝わってくるような作風に魅了された。
 外のあずまやで休憩していると、編集者から電話が入った。伊豆長岡駅にいるというので、キャメロンで迎えに行った。
 そこから反射炉まで行き、二度目だったが、また料金を払って編集者と中に入った。時間がないので、私がポイントを解説しながら、見学の案内をしたのだ。
 外の土産物屋へも案内し、何が価値ありそうかも説明し、さらに付属のビアレストランで高速ランチを終えて、江川邸へ向かった。
 集合時刻は午後1時に設定してあったが(現地集合・現地解散である)、その10分前に江川邸の入り口に編集者と到着できた。すぐにJ教授が合流した。反射炉の近くから徒歩でやって来た方たちもいて、スタートはだいぶ遅れたが、私を含めて8人の見学者となった。
 通常の見学者は入れない、奥の書院に通された。テーブルの上に、今回の最大の目的である算額が置かれていた。
 記録では、江川邸内の祠に奉納された算額で、江川英龍の父英毅(ひでたけ)が作成者である。しかし、現物は長い間未発見で、もうなくなってしまったと思われていた。
 それが、邸内の北米蔵の小屋の中から、高札などと一緒に偶然発見されたのだという。まだ発見から4、5年しか経っていないとのことだった。こういった未整理の資料が1万点もあり、隣の郷土資料館が閉鎖された後、そこをリニューアルして、展示・収蔵の場所にする予定だが、おそらく4年くらいかかるだろうとのことだった。
 見学している間に、算額から虫が二匹這い出て来た。「キクイムシだ」と研究者がすばやく摘み取ったが、「燻蒸しなければ」と言っていた。こういったまだ保存状態の確保されていない資料がたくさんあるのだという。
 算額見学後は、邸内も案内してもらい、2時間ほどの見学会が満足のうちに終了した。
 現地解散なので、あらためて反射炉を見学に行く人や、すぐ帰る人、色々だったが、私は郷土資料館を見学したいというF先生を資料館前で待ち、近くの韮山駅までお送りしたのち、次の目的地へ向けてキャメロンのハンドルを切った。
 約200km離れた、群馬県藤岡市内のホテルである。
 チェックイン後、ホテル内のレストランでゆっくりと晩ご飯を食べ、明日に備えるでもなく、昨夜ほどではなかったが、そこそこの疲労感の中で、就寝した。

5月21日(日)「7年ぶりの東善寺・・・の風さん」
 起床して、部屋のカーテンを開いても富士山はおろか、隣家しか見えなかったので、カーテンは閉めた。中学生の野球チームが泊まっていて、早朝から騒々しかった。子どもとはそういうものだ。私も周囲に迷惑をかける子どもだったからな。
 今朝も朝食をしっかり摂って、だいたい予定通りの時刻にホテルをチェックアウトした。ところが、昨日のように、詳細スケジュールを考えていなかったため、一つ行きたいところがあったのをすっかり忘れていた。もう手遅れだった。またの機会にするしかない。
 高崎駅でくもん出版の若手編集者をピックアップし、東善寺へ向かった。今日は恒例の小栗まつりなのだが、拙著『怒濤逆巻くも』を読んで小栗ファンになった編集者は、今回の同行を希望してきたのだった。なかなか良い心がけだと思った私は、当然、喜んで受け入れた。
 今日も快晴で、二日連続の最高気温30℃超えは確実だった。
 最初に、小栗上野介が不当にも斬首された水沼河原と顕彰碑へ案内した。大きな石がころがる川面を眺めながら、編集者は胸がいっぱいのようだった。
 続けて、上野介が学校を建設しようとした観音山に登った。以前はレンタカーで乱暴に登ったのだが、キャメロンではぬかるみにはまってしまうかもしれないと思い、徒歩で向かった。編集者は平気だったが、私は息が切れた。目的地に着いて、これならキャメロンでも来られたな、と思った。
 臨時の駐車場にキャメロンを置いて、懐かしい東善寺に入った。以前より昼市(マルシェだな)が増えていて、多くの人でにぎわっていた。
 地元の書店のご主人が私に気付いて、なごやかに歓談した。受け付けは住職のお嬢さんで高校の英語の先生だという。お土産を渡したり、課題図書の話で盛り上がった。同行した編集者を課題図書の担当だと紹介したので、彼にとっても良い経験だったろう。
 勝手知ったるお寺の中の展示物の案内をし、昼市を覗いたりしているうちに住職とバッタリ。こっちは老化が激しいのに、住職はまるでお変わりがない。
 卒塔婆を購入した見返りに昼市券がもらえ、編集者と食べまくった(海軍カレー、なめこ汁、マスの塩焼き、蕎麦、コーヒー、最中)。
 墓前祭は住職の読経で厳かに進み、もらった線香を居並ぶ墓石群にお供えしてまわったが、最後に、裏山の中腹にある小栗上野介の本墓に手向け、両手を合わせた。
 今回も昼市で探していた古本などを見つけて購入した。
 ひと通り楽しむことができたので、東善寺に別れを告げた。
 編集者を高崎駅まで送ったが、なぜか道路は渋滞していた。
 いよいよ今回の旅行最後になる400km超のロングドライブにとりかかった。
 途中、GSでセルフ給油し、レストランでケーキセットでエネルギー補給し、高速道路にのった。
 残り200km程度までは、疲労しない運転を心がけたので、だいたい時速80キロ程度で、追い越しはほとんどしなかった。気温は高かったと思うが、エアコンを止め、窓を開けて走った。
 残り80キロとなる頃は、夕飯時ではあったが、パン程度で済ませ、以前として窓を開け、しかしラストスパートのように速度を上げて走った。パワーのあるキャメロンでのドライブは本当に楽だ。
 我が家に着いたのは午後11時頃で、だいたい予定通りだった。
 音楽を聴きながら体を沈めたバスタブは快感だった。

5月22日(月)「今日はほとんど休養・・・の風さん」
 2泊3日で約900km走行の強行軍旅行だったが、本人は無理したとは思っていない。
 しかし、一夜明けて、さあ仕事だ〜、と気合はあまり入らなかった。疲れているらしい(笑)。
 旅行中に書いた気まぐれ日記をアップしたり、iPhoneの写真をダウンロードして、旅行初日分だけフェースブックに投稿したりして、午後はほとんど昼寝していた。
 夕方リフォーム会社の営業マンが来たので、コーヒーを飲みながら歓談していると、ワイフが帰って来た。そこでまた話が盛り上がったので、今夜の動物病院行きは中止した。
 夜も元気が戻らず、リフォームしたバスタブを楽しんで就寝した。

5月23日(火)「今日もほとんど休養・・・の風さん」
 今日こそ、仕事に復帰と思って起床したのだが、まだ元気は戻っていないようだった。
 例によってリハビリに出発。
 旅行中に体を動かしたせいか、ほんのちょっと左腕が上がるようになった気がする。
 ホームセンターで買い物をし、役場に寄って知人に挨拶し、図書館で届いた相互貸借本を借りてから帰宅した。
 ランチ後また昼寝することにし、そのまま夕方になった。
 昨日行けなかった動物病院へペコを連れて行った。
 幸運にも今日は空いていて、短時間で往復することができた。
 今日は、算額見学会の結果報告などをしっかりやって(メールで)、かなり旅行の後片付けができたが、目の前にぶらさがっている難題に挑むことはできなかった。

5月24日(水)「また大ピンチ・・・の風さん」
 2日間ほとんど休養に近かったため、また土壇場の大ピンチになっている。
 明日の講義で第1回レポートを採点して返却しなければならない。午前中はその採点に費やされた。先日の名商大キャリアデザインと似ていて、学生の数が多いので、採点はけっこう大変だ。
 午後から、講義の準備に取り掛かった。
 実は朝から軽いめまいがあって、途中で昼寝したいくらいだったが、大ピンチだったので、ガマンした。
 夕食時、ワイフが小さなボトルワインを冷蔵庫から取り出したので、グラスに1杯だけ飲んだが、へろへろの肉体には衝撃だった。しばらくぶっ倒れてしまった。
 その後、ゾンビのように復活して、27日の講演のレジュメの見直しをし、担当者へメールで送った。ここまでが限界だった。

5月25日(木)「自転車操業が続く・・・の風さん」
 なかなか仕事が戦闘状態でも先行状態にならない(笑)。
 やや不安定な空の下、非常勤講義に出かけた。いつものルートをたどりながら、少々疲れ気味だなと感じる。
 本山に1本早い地下鉄で着いたので、近くのスーパーに寄って線香を購入した。先行のシャレではない。仏壇に上げる線香が切れかけているのだ。
 店員に商品棚まで案内してもらって、よく見ると、変わった線香が置いてあった。煙が少なめはありがたいが、ラベンダーの香りというのが気に入った。マレーシア産だった。これは面白いと思って購入した。ワイフに叱られないかちょっと心配ではあったが。
 今日の講義では、ブルーツース接続のスピーカーを持参して、しっかり音を出して動画を見せる予定だった。
 ところが、音はバッチリだったのに、動画が途中でストップしてしまった。You Tube からダウンロードした時点で欠陥ファイルだったらしい。やれやれ。
 最後にレポートを返却して講義を終えた。
 まっすぐ帰宅したが、キャメロンの燃料の残量がEレベルを切ってしまった。警告灯は4年前の購入時から点灯しない。修理は来年の課題の一つだな。
 はたして仏壇の線香がなくなった。ラベンダーの香りが明日以降使われるぞ。
 晩ご飯後は土曜日の講演の準備に集中したが、欲張ってたくさん盛り込んだので、また自分で自分の首をしめていることに気が付いた。

5月26日(金)「効率の悪い仕事・・・の風さん」
 ワイフを駅まで送って、今日は猫たちと留守番……じゃなかった、仕事に専念だ。
 明日の講演の準備つまりスライドの作成をしているのだが、3つか4つの講演内容を、テーマに合わせて1つにまとめているので、大変な作業になっている。
 こんな愚かな仕事の進め方をしているので、これまで私の仕事は生産性が上がらなかったのだ。性分と言ってしまえばそれまでだが、自分でも呆れる。
 時間の経過とともに仕事の残量がまだかなりあることが明らかになり、iPhoneでツムツムをやっていられなくなった。
 夕方、珍しくワイフが早く帰って来た。ペコの調子がイマイチなので、心配なのだ。病院で処方してもらっている薬を、症状に応じて飲ませているのだが、今夜もある薬を飲ませてみた。少し効果が見られた。
 晩ご飯の後もまた講演の準備に忙殺された。
 午前零時頃なんとかゴールが見えて来たので、リフォームしたバスタブを楽しんだ。
 結局、就寝は午前1時をだいぶ回ってしまった。

5月27日(土)「時間を守った講演・・・の風さん」
 いつも駅まで送って行くワイフとほぼ同時刻の電車に乗って出発した。表現が微妙なのは、今朝は地域の草刈りの日で、参加しているワイフは私を駅まで送ることができない。一方、私は、草刈りに参加している人と挨拶しながら、駅まで歩いた。スーツ姿をしているので、許してもらえるだろう。
 名駅まではひたすら休養。15分の乗り換え時間の間に、買い物をして新幹線に乗車。
 すぐにMacBookAirを取り出して、講演スライドの最終仕上げに取り組んだ。勇気をもって3枚のスライドを削除した。今日の天気はまずまずだったが、富士山を眺めている余裕はなく、作業に集中した。結局、メールチェックもできなかった。
 品川で降りて、くもん出版へ向かった。
 大勢の社員が笑顔で迎えてくれて、私も気持ちよく、もちろん精一杯、講演させてもらった。
 今回の講演テーマは、主催者側からの希望で「江戸時代の学び合い」だった。和算の世界の学び合いを紹介し、寺子屋での学び、天文塾での学び合い、最後に作家鳴海風の学びを紹介した。
 高密度の内容の講演スライドだったので、枚数を極限まで減らしてよかった。時間内にいちおう最後までたどり着けたからだ。
 講演後は、編集者と次作の打ち合わせをおこない、その後、6月のイベントの打ち合わせのため、高輪台のギャラリーオキュルスに行った。ちょうど麻留也展が始まっていて、次々に見学者が来ていた。
 予定通りの新幹線で家路についた。目の前に仕事が山積していて、ホッとしている余裕はまるでなかった。

5月28日(日)「ペコを病院へ・・・の風さん」
 ペコの薬がなくなってしまった。しかし、今日はワイフが終日出かけるので、私がペコを病院へ連れて行くことにした。
 いつも違ってキャメロンにペコを乗せ、ガス欠寸前だったので、途中で給油してから、一般道を通って病院に着いた。
 今日はとても混んでいた。待ち時間が1時間以上もあった。しかし、ペコはケージの中でおとなしい。借りてきた猫状態だ。
 やっと診察を終え、会計も終了して、家路についた。いつものように有料道路を使った。
 昼ちょっと前に帰宅できた。これもいつも通りだが、元気が出て餌を食べ始めた。
 昼食を終えた私は、すっかり疲れてしまい、リビングでダウンした。
 夕方やっと目覚め、短編小説に取り掛かった。前から気にしていて、机の上には資料が散乱している。それらをもう一度眺めながら、構想を練るのである。
 やはり今朝病院へ行ってよかった。点滴と注射のおかげで、ペコの状態は落ち着いていた。あと1日、この状態が続けば、その後は、もらった薬を使いながら、なるべく現状維持を心がけるのだ。
 短編小説の構想はまだできない。頑張らねば。

5月29日(月)「雑務もこなしながら・・・の風さん」
 短編小説は気になるが、やっておかなければならないことがある。
 朝食後、ワイフのアクアで出かけ、セルフで満タン給油。昨日のわたしのキャメロンと同様にガス欠寸前だった(ワイフは今日はトール教室)。帰りにJPに寄って、投函と送金をし、往復はがきを4つ購入した。今月中に投函するが、戻って来る時は6月になっているので、あとで10円切手を貼って出さねばならない。
 昼食後の3時間の昼寝をはさんで、短編小説の構想をし、やっと第1章を書き出すことができた。これまで知らなかった史実を作品の舞台で発見できたので、それを生かすことにしたのだが、天は自ら助くる者を助く、である。命拾いした気分だ。
 遅い夕食後、ちょっとだけ講義の準備を、と思って手を付けたのだが、一気に進展し、ほぼ完了した。これで気持ちがだいぶ楽になった。執筆に集中できる。

5月30日(火)「とにかく書き上げる・・・の風さん」
 朝から短編小説に専念。とにかく出来が悪くても最後まで書く。そう決意して1日をスタートさせた。
 とは言いながら、合間合間に雑務を処理している。気分転換だと自らに言い聞かせながら。
 日曜日の午前に打ってもらった点滴の効果が、そろそろ切れてきて、ペコの元気がなくなってきた。いよいよもらってきた薬の出番だと、痛み止めを飲ませようとしたのだが、なかなか飲んでくれず、半分に欠けたり柔らかくなったりで、結局、半分くらいしか飲ませられなかった。これから様子見。それにしても、自分自身も子供の時、錠剤が飲めなくて、粉薬ばかり飲んでいたので、ペコが錠剤を飲めなくても同情しかない。
 夕食後、短編小説が4分の3くらい書けた。ここまで来たら、徹夜してでも最後まで行かねば。

5月31日(水)「短編小説の第一稿が完成・・・の風さん」
 昨夜の続き。とにかく最後までたどり着いたので、安心してお気に入りのバスタブに身を沈め、就寝したのが今朝の4時半だった。既に、外は明るくなってきていたが。
 午前9時に起床。
 郵便物をまとめて投函してから、リハビリに出かけた。
 最近、超多忙のため、色々なことを犠牲にしているが、筋トレ中断もその一つだ。五十肩の回復に前進があるわけがない。PTもやれやれといった感じ。途中で力が抜けていたな。
 ホームセンターで買い物をしてから、UFJのATMでリフォーム代金を送金しようとしたが、金額がリミットを超えていたらしく拒絶された。
 図書館に寄って、わざわざ設置してくれた課題図書作家鳴海風コーナーを見学した(笑)。予想をこえる大きな展示で、ビックリした。来月の町の広報でも紹介したいとのこと。ありがたいことだ。
 急いで昼食を摂ってから、隣町のUFJ支店へ向かった。今日が納付期限である。
 書類を2枚も書いて、窓口で無事納付を完了。
 例によって疲れてしまったので少し昼寝。
 今日はくもん出版に重要な件で電話したりメールしたりした。
 夕食後、やっと短編小説の執筆を再開した。昨夜のうち(実際は今朝未明)に最後までたどり着いていなければ、今日、日中はこんなに色々なことに集中できなかったろう。
 明朝までに原稿を送ります、と編集者へ先にメールしたら、無理しないように、とのあたたかい返信があったが、締め切りを伸ばしても、別件が苦しくなるだけなので、これはこれで、やっておかねばならないのだ。
 日中、色々なことをやりながら、原稿のことは考えていた。それを反映させながら、第一稿を完成させたのだが、いくらか良くなった。
 何とか午前2時に完成させ、就寝することができた。
 明日も用事があるので、油断はできない。

2017年6月はここ

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